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広島高等裁判所 平成5年(行コ)3号 判決

広島県加茂郡黒瀬町大字宗近柳国二九〇七番地

控訴人

大畑実男

右訴訟代理人弁護士

佐々木猛也

右同

阿左美信義

右同

津村健太郎

右同

坂本宏一

右同

池上忍

右同

山口格之

広島県東広島市西条昭和町一四二七番地の一

被控訴人

西条税務署長 藤嶋義久

右指定代理人

富岡淳

右同

大北貴

右同

岩谷建治

右同

米森英次

主文

一  本件控訴を棄却する

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、昭和六一年一二月一六日付でした控訴人の昭和五八年分、昭和五九年分、昭和六〇年分の各所得税の更正処分のうち、それぞれ総所得金額二一万一六〇〇円、五六万二八八〇円、五九万四三七〇円、納付すべき税額〇円、一万二八〇〇円、一万六五〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定(但し、昭和五八年分については審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人に負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二事案の概要

本件は、被控訴人が、鉄工業を営む控訴人の昭和五八年ないし昭和六〇年分の所得税の確定申告に対して、その申告額が調査したところと異なるとして右各年分(本件係争年分)の所得税更正処分(本件各更正処分)と過少申告加算税賦課決定処分(本件各賦課決定処分)をしたところ、控訴人が右各処分(本件各処分)は違法としてその取消しを求める訴訟(但し、昭和五八年分については審査裁決による一部取消後のもの)であり、税務調査の違法性の有無、推計課税の必要性と反面調査により把握された売上額に同業者の所得率を乗じた算出所得額から支払利子割引料を控除して控訴人の事業所得金額を推計することの合理性の有無が争われ、原審が控訴人の主張を排斥してその請求を棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴したものである。

第三当事者の主張

一  以下に付加、訂正する以外は原判決の事実摘示(同二枚目裏一行目から同一六枚目裏一〇行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表二行目の「各処分」の後に「(但し、昭和五八年分については審査裁決による一部取消後のもの)」を加える。

2  同五枚目表三行目の「やくなく」を「やむなく」と、同四行目の「計算した」を「計算して本件各処分をした」と、同七行目の「違法は課税処分の取消事由」を「違法は所得の存否又はその多寡を問題とする課税処分である本件各処分の取消事由」と、それぞれ改める。

3  同八枚目表四、五行目の「昭和五九年改正前」を「昭和五九年法律五号による改正前」と改め、同表五、六行目の「同法六五条四項」の次に「(昭和六二年法律九六号による改正前)」を、同九枚目裏八行目の「本件」の次に「各」を、それぞれ加える。

二  控訴人の補足的主張

1  被控訴人は、控訴人が本件税務調査に際して非協力的であったから、反面調査も推計課税も許される旨主張するが、被控訴人の係官は昭和六一年八月七日、一二月二日に事前連絡もなく控訴人に事業所を訪問し、税務調査に応じるよう申入れあるいは修正申告するよう求めたものであって、係官が控訴人と実質的に面談したのは同年八月二九日と一〇月八日の二回にすぎず、その際も、控訴人は本件各係争年分の領収書等の関係書類が商工会に存在し、連絡すればいつでも提示可能である旨説明し、係官もこれを調査・検討することを了承し、また、昭和五八年当時、控訴人のような白色申告者には記帳義務がなく、昭和五九年の所得税法の改正後も前々年度の所得が三〇〇万円以下の事業所得者には記帳義務がなかったにもかかわらず、係官は右領収書等の関係書類の可能な調査・検討をなさずにいきなり推計による本件各処分に及んだものであって、控訴人が本件税務調査に非協力的であったとはいえないから、推計の必要性は認められず、本件各処分は違法である。

2  原判決は控訴人が本件各係争年分の確定申告書に所得金額しか記載せず、従前、控訴人に対する税務調査をしていなかったため、被控訴人が本件税務調査に及んだとしてこれを容認するが、所得税法上、確定申告書に記載すべきは総所得金額であって、それ以上のものが要求されているわけではなく、そもそも、一般の行政手続同様、税務行政手続にも手続の公正の確保と透明性が要求されているから、申告納税制度下においては、申告者の申告した総所得金額に申告漏れを窺わせるような具体的事情が認められる場合に初めて税務調査が許されるべきものであると解すべきところ、本件ではそのような事情は認められず、本件税務調査は係官の恣意的、強権的な運用によるものであって違法である。

3  控訴人は鉄工業を営むところ、その主たる営業内容は製缶であって、同じ鉄工業の同業者であっても、鋼材の切断、溶接を専門にするものから建築鉄骨、橋梁などの鋼構造物の製造をするものまで様々であって、推計が合理的といえるためには、業種の同一性のみならず、業態、事業規模、立地条件等においても個別的な類似性が認められる必要があるというべきであるが、被控訴人が推計するために選択した同業者四名がどのような実態をもつかは具体的に判明せず、経費率も二九・三一パーセントから六〇・九二パーセント(平均四三・二七パーセント)と大幅な偏差が認められ、控訴人が審査請求以降に主張する実額経費とも大幅に異なっており、被控訴人の主張する控訴人の同業者の算出所得率や差益率も最高と最低の間の偏差は大きく異なっていることからしても控訴人と同業者の類似性は認めがたいから、被控訴人の主張する推計方法に合理性はないというべきである。

三  控訴人の補足的主張に対する被控訴人の反論

1  被控訴人の係官二名は昭和六一年八月七日に控訴人の事業所を訪問し、控訴人に対し、被控訴人側で収支を組むため、確定申告の基となった帳簿、領収書、請求書等の関係書類(原始記録)を提示するよう求めたが、控訴人側が自ら収支を組んでみると申し出て右関係書類を提示せず、それ以上の税務調査が進展しないため、当日の調査を打ち切ったものであって、同年九月三〇日には、被控訴人の係官は、控訴人に電話連絡の上、次回の調査期日を同年一〇月八日と合意し、その際、控訴人に収支を組んだかどうかを確認したところ、控訴人が、商工会(西条民主商工会)に任せてあるから分からない、そちらで聞いてくれと述べたため、控訴人に対して、次回までに商工会から控訴人の事業所に関係書類を取り寄せて提示するよう依頼した。そして、被控訴人の係官二名は、同年一〇月八日、控訴人の事業所を訪問のうえ、依頼ずみの収支を組んだものの提示を求めたが、控訴人はこれを提示せず、領収書等の関係書類の保全が完全ではないので現段階では必要経費を推計せざるを得ない、協建工業に対する賃料の支払いが多額のため所得は出ないと思う等の答えに終始し、商工会に領収書等の関係書類が存在するので、被控訴人の係官が連絡すればいつでも提示可能である旨述べるのみで、右関係書類の提示には結局応じなかった。

以上のとおり、被控訴人は、控訴人が係官に対し、本件各係年分の確定申告の基となった領収書等の裏付けとなるべき資料を提示しなかったため、控訴人の事業所得金額を実額で把握することができず、推計による本件各処分に及んだものであって、推計の必要性が存在したことは明らかである。

2  控訴人は本件税務調査が違法であると主張するところ、所得税法二三四条一項にいう「調査について必要があるとき」とは、調査権限を有する税務職員において、当該調査に目的、調査すべき事項、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、対象者の事業形態等諸般の具体的事情に鑑み、調査の客観的な必要があると判断される場合をいい、確定申告後に行われる所得税調査については、過少申告の疑いが存する場合のみならず、そのような疑いが当初から存しない場合でも、申告の適否すなわち、申告の真実性、正確性を確認する必要性が存する場合をも含むと解すべきであるうえ、同法一二〇条一項一一号によれば、申告書には総所得金額等の計算の基礎を記載すべきものとされており、本件においては、控訴人の提出した確定申告書の収入金額及び必要経費の欄には全く記載がなく、所得金額の算出根拠が明らかでなかったため、被控訴人の係官が申告内容の確認のために税務調査の必要性があると判断したものであって、控訴人指摘のような税務職員としての恣意的、強権的運用があったとは到底認めがたく、本件税務調査は適法である。

3  同業者率による推計は、類似同業者の抽出基準が合理的である必要があり、そのためには、同業者の類似性(業種・業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性)と資料の正確性(同業者は青色申告者であること、一定期間同種事業を継続していること、申告が確定していること)が要求されるところ、類似同業者としては完全に一致する同業者を選択することは不可能であって、抽出基準の選定に際しては、推計の基礎事実について正確に把握できた項目を抽出条件に加えれば足りるというべきであり、調査に協力が得られない等のため、対象者の外部的・客観的に把握可能な要素に基づいて同業者との類似性を判断せざるをえず、被控訴人は、控訴人につき把握しえた基礎事実につき、これを抽出条件として同業者を機械的に抽出したものであって、そこに恣意の介入する余地はなく、客観的な合理性を有するものである。

控訴人は特殊事情を強調して同業者との類似性を否定するが、平均値による推計による場合においては、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は無視しうるから、推計課税が業種の同一性、営業規模の一応の類似性、平均値算出過程の整合性等推計の基礎的要因に欠けることがない以上、納税者の個別的な営業条件は、当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを斟酌するを要しない。

また、控訴人の実額による反証の証明の程度は、実額の存在をある程度合理的に推測させる具体的事実を立証することでは足りず、右実額が真実の所得額に合致することを合理的な疑いを容れない程度にまで立証する必要があるというべきであり、また、申告納税制度下では、納税者は税法の定めるところに従った正しい申告をする義務があり、申告内容の確認のための税務調査に対しては、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を知悉する者として、所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、申告内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うものというべきであって、記帳義務がないことを理由に控訴人が負担すべき立証責任まで免れるものとはいえない。

本件においては、控訴人の主張する売上金額によりすべての売上先からの総収入額が立証されたものとはいえず、また、必要経費の立証も不十分であり、控訴人の事業所得を実額で計算することはできないから、本件各処分は適法である。

第四証拠関係

本件記録中の原審及び当審における書証目録、証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所は、当審における証拠調べの結果を斟酌しても、控訴人の本件各係争年分の所得税法更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消請求は理由がなく棄却すべきものと判断するが、その理由は以下に付加、訂正する以外は、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一七枚目表七行目の「証人」の前に「弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙二六号証、」を、同九行目の「除く。)」の次に「に弁論の全趣旨」を、それぞれ加え、同末行から同裏一行目の「申告書に所得金額しか記載されておらず、」を「申告書に記載されているのは所得金額だけであって、その算出の根拠となるべき収入金額や必要経費の記載はなく、」と改める。

2  同一九枚目表四行目の「二割ないし三割」の前に「売上の」を加え、同一〇行目の「原告は、」から同末行の「主張するが、これ」までを「控訴人は、自己が白色申告者で記帳義務がなかったうえ、本件各係争年分の領収書等の関係書類が商工会に存在し、連絡すればいつでも提示可能である旨説明し、係官もこれを調査・検討することを了承していたから、調査に非協力であったといえないと主張し、なるほど、昭和五八年当時、控訴人のような白色申告者には記帳義務がなく、昭和五九年の所得税法の改正後も前々年度の所得が三〇〇万円以下の事業所得者には記帳義務がなかったことは控訴人指摘のとおりであるが、所得税についての申告納税制度は真実の所得を知るうる立場にある納税者の自主的で適正な申告を期待した制度であるから、白色申告者であっても、税務調査に際して、自己の申告所得額の基礎となるべき収入金額や必要経費の算出の根拠となるべき領収書等の関係書類についてはこれを権限ある税務職員に提示すべきであって、単にその存在を示しただけでは足りないというべきであるうえ、控訴人主張」と改める。

3  同二〇枚目表三行目の「おらず、」の次に「その算出の根拠となるべき収入金額や必要経費の記載はなく、」を加え、同五、六行目の「判断したのであるから、」を「判断したものであり、所得税法二三四条に基づく税務調査は、控訴人主張のように確定申告の内容に申告漏れを窺わせるような具体的事情が認められる場合に限られず、右のような申告の正確性ないし適否を確認する必要性が存する場合にもなしうると解すべきであるから、」と改める。

4  同二一枚目表一〇行目の「昭和五八年分は一九五五万七二七八円、」の次に「昭和五九年分は三一三八万九二九〇円、」を加え、同裏二行目の「昭和五九年分について、原告は」を「控訴人は、被控訴人が反面調査等の結果に基づき主張する昭和五九年分の売上三二二七万四四二五円のうち、」と改め、同末行の「約束手形」の前に「同社振出の」を加える。

5  同二二枚目表九行目の「あるが、」の次に「右振り出しの原因となる取引の具体的内容が明らかでないうえ、」を加える。

6  同二四枚目表一〇行目の「符合」を「符号」と、同二五枚目裏八行目の「本件の場合の」を「本件において同業者四名の算出所得率に前記のとおりの偏差が認められるとしてもやむをえないものであり、」と、それぞれ改め、同末行の「存する」の次に「から被控訴人主張の右推計方法に合理性が認められない」を加える。

7  同二七枚目表一行目の「推計」を「推計による算出所得」と改め、同一〇行目の「しかし、」の次に「課税行政庁が納税者の」を、同末行の「場合において、」の次に「納税者が、」を、それぞれ加える。

8  同二八枚目表一行目の「原告の取引先」の前に「調査の過程で判明した」を、同三行目の「しかも、」の次に「呉信用金庫の口座開設は昭和五四年一月ころであったが、」を、同五行目の「認められる。)、」の次に「右二つの金融機関の控訴人名義の普通預金口座に控訴人の売上すべてが入金され、他に取引先や売上がないことまでを裏付けるに足りるものとはにわかにいいがたく、」を、それぞれ加え、同七行目を「(2)控訴人は、被控訴人が反面調査等によって調査した売上の一部を否認するものの、基本的には右主張額を自己の所得額と主張するだけで、原審においては売上に関する領収書等の資料を提出せず、当審において、反面調査により売上が判明している豊国工業についての注文書等の資料を提出するのみである。」と、同八行目の「国税不服審判所」を「国税不服審判所長」と、それぞれ改める。

9  同三一枚目表六行目の「西税務署」を「西条税務署」と、同三〇枚目表九、一〇行目及び三二枚目表八、九行目の「国税不服審判所」をいずれも「国税不服審判所長」と、同一〇行目の「同審判所」を「同審判所長」と、それぞれ改め、同三五枚目表三行目の「昭和五六年」の前に「現実に支払いに目処もないまま、」を、同裏六行目の「項第一三号証」の前に「原新において」を、それぞれ加え、同八行目の「提出しているが、」を「提出し、当審においてこれを裏付ける注文書として甲第六五ないし九〇号証(枝番を含む。)を提出するが、」と改め、同一〇行目の「領収書」の次に「(甲第四二号証の七)」を加える。

10  同三七枚目表四行目の「いえない。」の次に「また、控訴人が提出する領収書のうち、甲第一三号証の五ないし七、第二八号証の一ないし九、第四二号号証の一ないし六の甲斐清人の住所地の表示はその当時の表示でなく(前記甲第四二号証の七についても同様である。)、昭和六一年二月二四日以降の表示であることは成立に争いのない乙第二三号証に照らして明らかであり、甲第四二号証の一ないし六に貼付してある収入印紙も昭和六二年四月以降に発行されたものであることが弁論の全趣旨に照らして明らかであって、いずれにしても、その記載どおりの証明力を認めることはできないとうべきである。」を加える。

二  よって、控訴人の請求は理由がないところ、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 岡原剛 裁判官佐藤武彦は転任につき署名・押印できない。裁判長裁判官 柴田和夫)

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